欧米では、社会的地位の高い人や有名人が率先して寄付やチャリティ、ボランティアなどの社会貢献活動を行っています。ノブレスオブリージュと呼ばれるそうした理念に対し、わが国では寄付やボランティア、チャリティなど社会の課題に対し良い影響を与える「ソーシャルグッド」の意識が低いとされています。それはいったいなぜでしょうか?
豊かな国で暮らしている私たちが、持続可能な社会を実現させるために何ができるのかを考えます。
海外では当たり前!? ノブレスオブリージュとは
ノブレスオブリージュ(noblesse oblige)とは、多くの財産や高い地位、権力を持っている人には社会的責任を果たす義務があるという考え方です。言葉自体は19世紀にフランスの作家が使ったのが始まりとされていますが、もともとは聖書の「多く与えられた人には多くのことが要求され、多くを委ねられた人には普通以上のことが要求される」という言葉に由来するともいわれます。
ノブレスオブリージュは欧米、特に階級社会であるヨーロッパの国々で普及しました。戦争が起これば貴族の男子が率先して従軍し、大規模な工事をするときには誰よりも多額のお金を出す。貴族たちはこうした社会的責任を果たすことで庶民から敬われ、高い地位を保ち、特権を享受することができたのです。
時代は変わりましたが、今でも欧米では貴族はもちろん、セレブといわれる有名人や大企業の経営者たちが積極的に寄付やチャリティに参加しています。それは有名人の当然行うべき義務であり、それをしないなら自分の利益だけを優先する利己的な人間だと社会的に批判されることさえあります。イギリス王室はデヴィッド・ベッカムなどのスポーツ選手や歌手、映画スターに勲章を授与していますが、その多くはチャリティ活動への貢献などが認められてのことです。
このようなノブレスオブリージュを評価する社会では、当然一般の人々も寄付やボランティアに対してポジティブな意識を持っています。
CSR頼みの日本――ノブレスオブリージュが根付かないのはなぜ?
イギリスのある団体は「人助け指数」なるものを算出しています。これは過去1カ月の間に「知らない人を助けたか」「寄付をしたか」「ボランティアに参加したか」という質問に基づいて出される数値ですが、それによると日本の「人助け指数」は、2021年は114カ国中最下位、2022年は119カ国中118位、2023年は142カ国中139位という結果でした。
日本でも年末や災害時には募金が行われ、大企業はCSR(企業の社会的責任)に基づき多額の寄付を行います。しかし、人助けが日常的なものかと問われると疑問が残ります。景気の悪化も関係しているかもしれませんが、「人助け指数」上位の顔ぶれ(インドネシア、ケニアなど)を見ると、単に景気の問題だけとはいえません。
豊かな日本にノブレスオブリージュが根付かない理由のひとつとして、宗教的背景の違いが挙げられます。キリスト教文化では、自分の持つ物を他の人に分け与えることを重視し、クリスマスなど様々な機会にチャリティに参加します。インドネシアなどイスラム教の国では喜捨(ザカート)が義務とされています。一方、宗教が生活に根付いていない、むしろ苦手意識を持つ人が多い日本では、寄付やボランティアは身近なものではありません。
また、日本は勤勉を美徳とし、自己責任意識が高い国でもあります。「頑張っている人が報われ、報われない人は努力をしていないからだ」というバイアスのことを社会心理学では「公正世界仮説」と呼びますが、こうしたバイアスにより「困っている人=頑張っていない人」と捉えてしまうため、チャリティやノブレスオブリージュの意識が根付かない一因となっているのかもしれません。
持続可能な社会実現のために 個人が持ちたいノブレスオブリージュ
社会貢献活動を行う団体の多くは寄付やボランティアで成立しており、寄付がなければたちまち活動は行き詰まってしまいます。
そこで、まずは自分の興味のある分野で何かのサポートができないか考えてみることも、社会貢献への大きな一歩です。動物好きなら地元で犬猫の保護活動を行っている団体、音楽や演劇が好きなら芸術活動を後援している団体について調べてみると、数百円や1000円から寄付を受け付けていることが分かるかもしれません。寄付することで自分のお金や時間を有効に使ったという満足感が得られ、寄付先との繋がりも強くなります。クラウドファンディングや寄付金付きの商品も増えているので、そうした商品を購入することでサポートすることもできます。
また、近年はSNSの発達により、興味や関心を持った人が声を上げることで賛同する人も増えていき、やがてその声が国や自治体などに届いてものごとが進むことも増えています。
社会的な課題に対してSNSで共有することも、ささやかなノブレスオブリージュであり、ソーシャルグッドな活動のひとつなのです。
社会学者の上野千鶴子氏が東京大学入学式の祝辞で『あなたたちが「がんばったら報われる」と思えることそのものが周囲の環境のおかげであることを忘れないようにしてください。そのがんばりを自分が勝ち抜くためだけに使わず、恵まれない人々を助けるために使ってください(平成31年度東京大学学部入学式 祝辞より要約)』と述べ、話題となりました。
頑張っても報われない、頑張ることさえできない環境にいる人が多い世界で、頑張れる社会、頑張ったら報われる社会に生活していることはそれだけで「特権」なのだと理解するのはむずかしいことかもしれません。私たち一人ひとりが自分の環境を再認識しノブレスオブリージュを果たすことで、ソーシャルグッドなムーブメントは広がり、やがて国や自治体、企業を動かし持続可能な社会の実現につながっていくのです。
まとめ
積極的に誰かを助けるには勇気が必要な時もありますが、寄付やボランティアはアクションを起こす良い機会となります。企業が社会的責任(CSR)を果たすのと同じように、私たち個人でも社会を構成する一員としてできることを探していきたいものです。
[参考]
内閣府:
https://www.npo-homepage.go.jp/toukei/shiminkouken-chousa/2019shiminkouken-chousa
東京大学:
https://www.u-tokyo.ac.jp/ja/about/president/b_message31_03.html
CAF World Giving Index:
https://www.cafonline.org/about-us/publications/2022-publications/caf-world-giving-index-2022
公益財団法人 日本女性学習財団:
https://www.jawe2011.jp/cgi/keyword/keyword.cgi?num=n000171&mode=detail&catlist=1&onlist=1&shlist=1